[9]父から受け継いだもの

40代半ば頃、異変に気づいた。

手すりの無い階段を降りることができない。

他に問題はないので特に気にしないでいた。

 

しばらくして、早足で歩くことに違和感を覚え、立ち上がりに人の手を借りるようになり、念の為に軽い気持ちで通勤途中の病院へ立ち寄った。

 

 

いくつかの質問を受けた後、レントゲンやMRI検査を受けることになった。

 

 

医師から告げられた病名は「脊髄小脳変性症

小脳が萎縮し、体幹(運動)機能に影響を受けると。

 

すぐに大きい病院の紹介状とレントゲン写真を手渡された。

 

紹介された大きな病院の担当医師は、出勤日と予約の関係で診てもらうのは何日か先になるとのこと。

 

 

その間、私のしたこと。

脊髄小脳変性症⁈何それ?聞いたことない。

何軒も大きな書店や図書館を巡り、その病名を調べた。

・いずれ歩けなくなり、寝たきりになる。

・呂律が回らなくなり、喋れなくなる。

・しかし、その進行は緩やかである。

・完治することは無いが、薬でその進行を遅らせることはできる。

・国の特定疾病、難病に指定されている。

・紹介された医師はこの病気に権威を持つ名医らしい。

 

調べているうちに、実際この病気になった人の闘病記が本となり、映画やドラマになっている事も知った。

しかも、ドラマは大ヒット作となり、主題歌もよく聴く歌だった。

1リットルの涙

私は、お涙ちょうだい的なものは苦手で避けていた。

タイトルは聞いたことはあるが、内容は知らなかった。

一気に本を読み、DVDになった映画もドラマもレンタルで借りた。

 

そして、一番大事なこと。

・原因は不明だが、一部遺伝であることも研究されている。

そういえば、祖父にも父にも「1リットルの涙」と同じ症状があった。

そして、私にもその兆候が現れ始めている。

 

同じ症状の父の妹になる叔母が本を出しているのを思い出した。

急いでその本を探した。

 

すぐ見つかった。

裏表紙に著者のプロフィールが記載されている。「脊髄小脳変性症」を患っていると。

 

叔母は大きな病院の脳神経内科に罹っている。

叔母が嫁に行ったあとに祖父や父がこの病気を発症した為、たまにしか家に来ることがなかった叔母はまさか同じ病気だなんて思わなかったのだろう。

実際、祖父は酒の飲み過ぎ、父は小さい頃から他の病気を患い、この病気はその影響と思われていた。

当然、2人とも大きな病院で調べることなどしていない。

祖父に至っては、この病気の存在すらわかっていなかったはず。

 

この病気の遺伝についても調べてみた。

1/2の確率で遺伝する可能性があると。

 

私には子供がいない。

妹は何人もの子宝に恵まれている。孫までできたばかり。

 

妹とは疎遠になっているが、甥っ子姪っ子が小さい頃、家に来たことがあり、とにかく可愛いかった。

 

もし1/2の確率なら、私が病気を引き継いで良かった、と心からそう思う。

 

 

 

叔母は遺伝であることを知らずに公表したのだろう。

 

もし、その子供が遺伝であることを知ったら、

いとこに当たるその子は、男の子ということもあって、うちには殆ど顔を出していない。

なので祖父や父の症状を知らない。

 

 

その子、すなわちいとこも、甥っ子姪っ子も今は幸せな家庭を築いたり、年頃の子もいる。

不安を与えてはいけない。 

 

どちらにしても、親族に心配や不安を与えることになる。

 

私は、この病名を隠すことに決めた。

幸い、その頃は親きょうだい、親戚とも疎遠になっていた。それに拍車をかけることになる。

わずかに続けていた年賀状もやめた。